本当のところなんて誰にもわからない

小室哲哉の引退の話。

90年代から2000年代前半に思春期だった人間にとって、小室哲哉は間違いなくJPOPの中心だった。今は一般の人の好みも多様化して、音楽を聴く手段も増えて、そういう誰かを核にした音楽シーンというのは無くなってしまったけれど。

俺もglobeが好きで毎日のようにカセットテープを聞いていたし、華原朋美安室奈美恵dosも青春の一部だった。

それと同時に、小室哲哉のスキャンダルもずっとリアルタイムで見てきた。

最初の結婚こそあとから知った話だけど、華原朋美とテレビの前で仲良さそうにしてる所も(華原朋美が一方的にという感じもあったけど)、華原朋美の自殺未遂と、dosのメンバーとの結婚&スピード離婚、その数ヶ月後のKEIKOとの結婚も、毎回毎回大きく報じられていたし。


女癖が悪い、と言ってしまえばそれまでなんだけど、いわゆる遊び人とはちょっと違う気がするんだよね発言を見ていると。

目の前の欲望には抗えなくて、その結果何かが起きるたびに辻褄合わせと自分自身に何かを言い聞かせるというのを繰り返す人、という印象。もちろんそれは起きてる事態とインタビューでの発言から俺が勝手に推測してるだけのことなんだけど。


もっと勝手に推測してしまうと、寂しさから好きでもない人と付き合って、その人のことが好きなんだと思い込もうと自分を騙しながらも結局破綻する人の行動。

個人的には批判というよりはちょっとした共感と、悲しいなぁという気持ちが見ていて強かった。


そんな印象を持っていたからKEIKOとの結婚も本当に相手のことが好きなのか疑問だった。ずっと昔から同じユニットで長い時間を過ごしていた相手で、その間に華原朋美と付き合ったり他の人と結婚していたのに今更?みたいな。

間違いなく何かしらの情はあると思うけど、それは愛情なのかなとか。

邪推になるけど、好きだと思い込もうとしてるだけなのであれば今の結婚生活を続けさせているのは責任感と罪悪感もあるんじゃないかって。だとしたら残りの人生をそんな他人のための感情に縛られて生きるのはどれだけ辛いことなんだろう。

引退会見全部見たけど、自分の病気と自分の作曲家としての能力の枯渇、男性機能の無さにも触れていてそれだけでもものすごい無力感に苛まれるはずで。けど逆に、だからこそ妻の介護をすることで自分も生きていけるのかなぁ。

子どものようになってしまった妻を、愛おしむ気持ちは嘘じゃないのは画面越しに伝わってきたけれど、そんな気持ちに至るまでの過程は想像がつかない。

本当のところは他人にはわかりようもないし、もしかしたら本人すら自覚していないことがあるのかもしれない。

ただ、これからはできるのであれば穏やかに過ごしてほしいなと思った。偽善くさい言葉になってしまうけれど。