メンタルクリニックの話

単なる記憶と、今の気持ちの話なのでオチも役立つ話もないのだけど。


最初にメンタルクリニックに通いだしたのは大学一年生の時だった。

正確にはメンタルクリニックというより、大学の保健センターのメンタル部門だったんだけど。

当時は今以上に人と話すことも、人の目に触れる場所にいることも苦痛で、道で知らない人とすれ違うときに緊張で挙動不審になったり歩き方がわからなくなったりするくらい。挙動不審はまぁ今もか。

友達もろくにいなかったし、話をできる場所というのは貴重だった。

そのとき貰ってた薬の名前はもう忘れてしまっていたけれど、あまり効いていた記憶はない。緊張を和らげる薬だったと思うけど、根本的に人と接するのが苦手という性格が変わるわけでもないしね。


うちの大学は3年から研究室に所属することになり、キャンパスも変わるのだけど、2年生の時点である程度良い成績を取れてないと希望通りの研究室に行けない仕組みだった。

レポートや試験対策のため人脈が物を言う大学の仕組みの中で、友達もいない、外出も苦痛な人間が良い成績を取るというのは中々ハードルが高くて、常に不安に苛まれていた。

それでも無事キャンパスが変わり、保健センターもそちらにある方に通うことになった。

新しい先生はいかにも研究者的というか、話を聞くよりは分析する感じの接し方だった。

個人的に、何を考えているのかわからない所と、すぐ診療が終わって薬だけ出されるところがあまり合わず途中で行かなくなってしまった。それでもなんとか生活していたので、やはり薬がなければダメだというタイプではなかったのかもしれない。

その頃は人が苦手なりに音楽繋がりの友人が少しだけできて外出も平気になってきていたのもある。


次にお世話になったのは就職して3年目の時だった。

優しい雰囲気、とまではいかなかったけれどちゃんと話を聞いてくれて、出してもらっていた薬もそれなりに効いていたと思う。

その時はうつと自律神経失調症ということで約1ヶ月半仕事を休職した。


そして、今。またメンタルクリニックに行こうか迷っている。

これまでの漠然とした不安や絶望と違って、原因不明の色々な身体的な症状が出ているし、死にたい気持ちも含めて生活に支障があるので何かに縋りたい思いがある。

ただ通うことに踏み切れないのは、またメンタルクリニックに戻ってしまうことへの自分への失望感のせいだ。もちろんそれが甘えだと思うことはないのだけど、どこか逃げ道として選んでしまっているような後ろめたさがある。

多分、自分の性格上休職できるものならしてしまう気がする。

今の部署は前と比べ物にならないくらい全員負担が大きいので、自分だけ休むことへの恐怖感がある。

よく誰か一人いなくなっても意外と仕事は回るなんて話がツイッターで回ってくるけど、ちょっとそう思えないんだよね。今のところ。傲慢かもしれないけれど、自分一人でやってる仕事を今から他の人に覚えてもらうんじゃ色々間に合わないし。

まぁ休むと決まった話じゃないし、とりあえず行ってみればいいんだろうけど。

なんでこんなに色んなことに耐性がないのか…

死にたい気持ち

死にたいと思う時間はこれだけ生きてきてもどうしても無くならない。

ただ理由だけが変わる。

若い頃は、孤独、将来の不透明さなんかで死にたくなったけれど、今は身体の不安、金銭的な不安、選択を迫られる不安が大きい。

死にたい理由なんて一つ潰しても次々に湧いてくるので、これは原因が問題なんかじゃなく俺の受け止め方の問題なんだって、頭では分かってはいるけどそれで解決するならもうとっくになんとかなってるわけで。

特に体の不安は多分無くならないだろうな。調べて何ともなくても見落としがあるかもしれない。体の感覚的に何も無くても自覚症状がないだけで何かが進行してるかもしれない。考え出せばキリがない。

今は原因不明の痛みと違和感があるから特に落ち着かないし頭から離れない。それがストレスになって余計負担をかけてる気がする。歳をとるにつれて、死ぬことが切実さとリアルさを持ってしまった。


結婚して、死ねなくなってしまったことも良いのか悪いのかわからないね。いざとなれば死ねる、というのは1つの救いだったのにそれが失われてしまった。むしろプレッシャーになってる。

死という退路を絶たれて、それなのに現実的な形として死の恐怖が付き纏って、結果的に死にたくなって、何とも上手くいかないなと思う。楽になりたい。

続・近況(引越しの話)

またしても引越しネタ。
前にも書いたとおり、彼女と一緒に住む予定でして、今日ご両親にもお会いしてきました。
前にも一度記念公園に出かけたことがあるのでそこまでハードルは高くなかったのだけど緊張することに変わりはなく。でも悪い反応ではなかった、と思う。

引越しの進捗状況としては、気になる物件の内見が終わって、仮申込し、来週あたりに契約するといったところ。
なんですけど、当初は連帯保証人は一人でいいということで話を聞いていたのでうちの親に頼んでいたところ今日いきなり「管理会社が審査するにあたり、今年中に結婚する予定でなければ両方の連帯保証人が必要になります」と言ってきまして。
先日の仮申込の時点で連帯保証人は片方でいいんですか?と念を押していたのでこの時点でハア?って状態だったんですけど、不動産屋は「予定は変わってしまうのは仕方がないので今年中に入籍予定ということにして進めてしまってもよいですか?」とかなんとか。

これ話があったとき向こうのご両親に会う直前でテンパってたし、他のカップルの方もそうやって入居してますとか言うのでうっかりわかりましたとか言っちゃったけど、普通に考えて良くないよなぁと。
もし契約書内に「結婚していない世帯の場合退去もありうる」とかそんな内容があれば困るし、そうでなくても大家とか管理会社と来年以降、例えば部屋の修繕や何かでやりとりするときにまだ結婚してないとかで気まずくなるのも嫌だし。
ちょっと明日不動産屋に話してやはり両方の連帯保証人を揃える方向にしてほしいと伝えないとなー。それはそれで、相手のご両親に連帯保証人になって欲しいと伝えなくてはいけないので契約日までのスケジュールが更にタイトになってしまうのだけども。

ただでさえ今、粗大ゴミを出す準備とか引越しの見積もり頼まないとなーとか色々頭を悩ませているのにこれ以上困らせないで欲しい・・・最初から保証人一人でいいとか言うなよなぁ。


引越しは今月末で考えているのだけど、果たして無事に引っ越せるんだろうか・・・不安。

うん、不安なんですよ。必要書類を期日までにきちんと揃えられるのかとか、引越しに掛かる諸々の費用が全部でいくらになってしまうんだろうとか、引越し先の環境(ほかの部屋の騒音とか)など落ち着いて住めるのかとか。いくらスケジュール立てて準備しても今回みたいにトラブルは出てくるものだと思うので。本当に精神的によろしくない。なので引越しが楽しいと思える人は本当に強いなあと思ったりします。

近況

ツイッターでも何度か呟いているとおり引越しをします。

でも、友人曰く「引越しの話になったとたん口数が減るし表情も暗くなる」ほど俺は引越しというものが苦手なのです。

苦手な理由としては

・正解がない

・引越し日から逆算して適切に片付けやら粗大ゴミ申し込みやらネットの解約やらを処理していかないといけない

・お金がかかる

かなあ。

 

正解がない、ってのは住む場所の選択肢ね。どの地域に住むか、どんな間取りで家賃のところを選ぶか、結果論でしか正解を語れないのが不安。逆に言えば正解は一つではないのだけど、どうしても100点でないと正解ではないみたいな意識があるんだよなぁ。

色々な処理に関してはそのままなんだけど、締切までに複数の処理をしていくっていうのが苦手。能力的にってのもあるけど精神的に。追い立てられる感じもあるし、多分予想するスケジュール通りにいかないじゃない?冷蔵庫とかネットで譲りに出す予定なんだけど貰ってくれる人が現れるかわからないしさ。そしたら結局引越し業者に捨ててもらうことになるのかな?不確定要素はできるだけ減らしたい。

お金がかかるってのは当然なんだけど、大きい買い物をするのがストレスになる人間なんですよ。買い物をしてストレス発散になるのはせいぜい数千円単位のもので、万単位に入ると今度は葛藤とか複雑な気持ちが入り混じってくる。小心者なのね。

こう考えると俺が苦手な要素のオンパレードなのだな…しかも初めて電車通勤になるし(これまで徒歩圏内だった)

彼女と一緒に住むってのも想像つかないなぁ。音楽聞く時間どのくらいになるんだろう。楽しい生活が待ってるのかなぁ。いや、楽しさと安心は間違いなく増える。それとともに失うものの方が未知数なのだな。

人生は選択の連続とかいうけど今これまででも有数の大規模な選択をしていて、なおかつ先が見えないという状態。目隠し感がすごい。

やるしかないんだけどね。

 

式日

友人に薦められて観た映画。

庵野秀明が監督、岩井俊二が主演、Coccoが主題歌と、俺が好きな要素がいっぱいでこれは見るしかないなと。

で、見た感想としては「これはキツい…」でした。

いや、全体の淡々としていてちょっと陰のある空気感とか、廃墟ビルと風景とか、音楽のトーンは紛れもなく岩井俊二の影響があるなと思うし、黒字に白の太フォントで日付と英訳を出す演出とかナレーションが林原めぐみだったりするところはエヴァファンとしてはニヤっとするところなのだけど、紛う事なき厨二病要素をああも濃密に叩きつけられると胃もたれするというか。

毒親に育てられて心を病んでしまい現実から逃げるエキセントリックな少女と、思うような仕事ができず疲れ果てて故郷に帰ってきた映画監督の男、って設定もこれだけ見ると好きなんだけどね。

ちょっと共感するには歳をとりすぎたのかもしれない。

毎日屋上の淵スレスレに立って、まだ飛び降りられないから生きてていいと確認する「儀式」とか、まだ客観的に自分の痛々しさを認識していない純粋無垢なサブカルクソ厨二病なら自分も同じことしたいと思うかも。

自分の厨二病的な痛々しさを認識しながら卒業しきれてもいない、中途半端な大人になってしまったんだなぁ…と思ってしまうな。

 

内容というかメッセージとしてはとっても庵野でした。エヴァのときも、オタクに対して虚構に逃げるな、現実を見ろ、ってことを言っていたけれど、この映画でも「映像特にアニメーションは個人や集団の妄想の具現化」とか「虚構の構築で綴られている」なんていう主人公の独白部分があったし。この主人公の監督は虚構を作ることに疲れながらも最後まで監督としての仕事はしているし、少女も自分の虚構の世界を壊して親=現実と向き合うストーリーなので言いたいことは変わらないなと。

あと、少女の身につけてるものや持ち物が一貫して赤だったり、廃工場の広いスペースに置いてあるバスタブに横たわるシーンがあったり、ところどころエヴァファンとしてはアスカをイメージする部分が。親の愛を得たくて藻掻いているのもそうだし。あれは意識してやってるんだろうなー。

アート作品を撮ろうとして、しかもアニメは虚構だとかオタクに現実に変えれとか言いつつもエヴァを想起させる演出を入れるのは狡くない?って気もする。

 

主役の少女は原作者だそうなのだけど、エキセントリックなキャラが似合っていて表情とか動きとかが魅力的。お家案内ツアーの秘密の4階からスタートするところとか、最後の方の壊れかけてる感じとか。

映像もめっちゃ綺麗だし、ワンシーンワンシーンが写真集になりそうで。

映像と音楽に関しては手放しで好きだと言えちゃう作品でした。

欠落

今日は葛西臨海公園に行ってきた。

昨日アド街でやってたの見て行きたくなって。

今までは広い敷地の中のほんの一部しか行ったことがなくて、きちんと色んな場所を回るのは初めて。

彼女と一緒だったんだけどね、お昼は日高屋に入ったら水が1つしか出されなくて、店員さんから俺が見えてないんじゃないかと爆笑して「僕のことが見えるのかい!?」とかふざけてたり、浜辺の広々とした草地でバッタ見つけて数十年ぶりにバッタを捕まえたり、撮った写真に緑色の光が写りこんだのを途中で買い食いした抹茶アイスの怨念だと言ってみたり、綺麗な夕焼け空を見たり、勢いでイクスピアリに行ってベリーダンスのショーを見たり。

楽しかった。地味だけどこういう時間は大好きだし、いい休みを過ごせたと思う。

けど、今日は気持ちに鍵がかかってた。

なんていうか楽しいと感じたり景色がきれいだと感じたりできる自分と、すごく冷静でそれを俯瞰してる自分というのか。

全身で楽しさを享受できてないというのか。大好物を食べたのに薄味だったというか。

いつもならもっとスっと入ってくるのに。それだけが悲しかった。

何の引っ掛かりもなく幸せと思える時間を得るってのは難しいのかね、それはどこで誰と何をするっていうコンテンツの問題でなく自分の内面の問題でしかないから自分で解決するしかないのだけど。

 

最近自分の頭の回らなさに本気で不安を覚えてるんだけど今回のことと根っこで繋がっている気がする。原因という意味なのか内面という意味なのかよくわからないけど。

全てが鈍い。

帝都

昔から物に囲まれた場所が好きで。

ヴィレバンとかドンキとか、買いたいものがなくても何時間もいられる。

人ごみも好きだし、満員電車も別に嫌いじゃない。

そういう囲まれたい欲求を満たせる所っていうのが新宿や渋谷の歓楽街だったり、秋葉原から上野にかけての通りだったりする。

 

でもあのへんはツイッターでも何度か書いたけど俺にとって別の感情が満たされる街でもあって。

人が欲望のままに何かを消費する様が好き。そこに現れる下劣な顔が好き。

 

今日秋葉原に行ったんだけど、メイド文化はとっくにピークを過ぎたなんて話は嘘なんじゃないかと思うくらい呼び込みのメイドさんが立ってるのね。

セガの裏側の通りとか1メートルごとに道の両側に立ってて、花道みたいになってた。

で、可愛いメイドさんなんかは上手くお客さんを捕まえてるんだけど、捕まってる人の表情が様々で、鼻の下伸ばしてデレデレして楽しそうに喋ってる人もいれば、あからさまに見下すような笑いを浮かべている人もいて。

良い悪いじゃなくそういう反応が見ていて面白い。

上手く言えないけど、どういう反応をされても同じように対応をするメイドさんを見ているのも面白いし、それにストレートな欲望をさらけ出す人間も面白い。

性的に消費すること/されることというのにすごく興味がある。

そういう時、それぞれの立場で人は何を考えているのだろうって。残念ながら身を持って体験できる立場ではないので想像することしかできないのだけど笑

消費される側、というのは本当に一方的に消費されているだけなんだろうかとかね。

色んな人にインタビューみたいな形で本音を聞けたら面白いのになぁ。

 

そういえば昔は、風俗には行きたくないなっていう思いがあって。

なんかお金を払わないと女の子に相手してもらえない人が行く場所、みたいなイメージがあったし、内心嫌々であろう相手をお金で思い通りにするっていうことがすごくかっこ悪いと思ってたの。

後者に関しては今も思うし、そこまで落ちぶれたくないっていうプライドとか嫌々されても嬉しくないとか色んな感情がある。けど前者の部分に関してはちょっと変わったかな。普通に生きていたら関わることのないタイプの女の子っているし、そういう子に相手してもらうには結局そういう場しかないよなーとか、お金さえ払えば後腐れなく欲求を満たせるってのは楽なんだろうなーとか。プライベートで満たそうとすると後々終わらせる時に揉めることもある、なんて昔は思いが至らなかったから笑

色んな立場の人がいるって思えるようになっただけ大人になったよね…

 

なんか話ずれたけど、そういう欲望の見える街が面白いって話。

可愛らしく愛想を振りまいてるメイドさんが路上でやる気なくスマホいじってたり裏でタバコ吸ってる姿って良くないですか。ギャップってのもあるんだろうけど、素が見える瞬間って良い。本音が見たいのねやっぱり。